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月壇中学校についての紹介

  月壇中学校は北京市西城区の紫禁城のお膝元に位置している中学校であり、設立して間もなく独特の教育方針を確立した。独特の運営方式で名を知られるとともに、社会や保護者たちに認められてきた。今では、国際に認められた学校、ユネスコクラブのメンバー校、北京市接待日本青少年修学旅行委員会委員校、外事事業先進校となっている。

  月壇中学校には、今教職員および生徒が 1000 名近くいる。建築面積は 1.3 万平方メートルである。運動場には 200 メートル標準トラックとバスケット場、サッカー場とバレー場が備わっている。先進的な教育設備がそろっている。日本から寄付していただいた LL 設備も、コンピュータ教室に使われている。月壇中学校の教育思想は“徳で校を支え、全面から人を育てる ” ということである。“徳、智、体、美、労、対外交流方針”六つの方面から全面的に人を育てるという方針も提出し、“幹部は政徳を、教師を師徳を、生徒は品徳を鍛練するというのを学校のもとにした。学校は、徳をもととして、愛国主義を基本路線にし、月壇中学校の生徒の精神的な健康さを外国のお客様の前に表すことを強調し、生徒たちの“すべては国のために”という意識を育てることを目指している。生徒たちも対日交流の中で、自分の日本語能力とコミュニケーションの能力を鍛えている。

  勢いがあってこそ国となれ、特色があってこそ校となれ、はっきり目標を確立してこそ学校が発展することができる。この点で、月壇中学校は一貫して北京市中学校の先頭に立っている。学校は 1963 年に設立し、 1972 年に日本語学科を開き、北京市で唯一の日本語学科を開設する公立中学校である。今では、日本語教育と対外交流は既に、月壇中学校の教学の特色となっている。 1994 年に西城区の“全面から人を育て、特色がある”学校に選ばれた。 1988 年に北京市、西城区から対外開放学校と許可された。国内で、特に日本では、非常に高い信望を集めている。中日青少年友好交流を促進し、中日文化と政治の交流を発展させる架け橋として、月壇中学校は、国内外の各組織から大きな注目を集めている。

  月壇中学校の対日青少年交流への貢献を表彰するために、 1996年、日本外務大臣池田行彦氏は月壇中学校に表彰状を授与された。

  1997年9月4日、日本首相橋本龍太郎の夫人は月壇中学校を訪問された。

  2005年4月18日、日本町村外相の夫人は月壇中学校を訪問された。

  2006年10月8日、日本首相安倍晋三の夫人は月壇中学校を訪問された。

  また、三回にわたった在中国日本国大使が月壇中学校へ交流イベントに参加された。

  月壇中学校は既に、日本の百校余りの学校と友好関係を作りあげてきた。毎年日本各地から受け入れる日本訪問団の人数は 3000 名~ 6000 名である。両国の交流を深めるために、訪問団を受け入れる同時に、教員と生徒を日本へ訪問に派遣している。

  恵まれた対外交流は、生徒たちへの養成教育を促進している。中日の生徒たちは、自分の国でホームステイしてきた外国の友人を接待することを通して、両国の文化の違いを切実に感じることができる。頻繁的な対外交流の中で、生徒たちは民族自尊心を強めるだけでなく、視野を広げることもできる。

  西城区第一回目の“全面から人を育て、特色がある”学校として、鮮明な教学特色と長年にわたる対外交流があってこそ、生徒の思想素質だけでなく、全面的に能力を向上させることができる。生徒たちの日本語レベルは飛躍的に向上してきた。北京大学、清華大学、北京第二外国学院を含める 15 所の北京の大学によって、開催された日本語アフレココンテストで、月壇中学校の選手は 2 等賞と 3 等賞を授与された。更に、決勝戦では、人気賞に輝いた。毎年、 100 %の割合で大学入学試験を通過し、本科生の割合は 85 %に昇り、一類大学の合格率は 50 %を超えている。現在北京大学、清華大学、人民大学および復旦大学などの有名大学では、月壇中学校の卒業生が活躍している。北京市および全国によって行われる青少年日本語スピーチコンテストや、アフレココンテストや、作文コンテストなどの中で、たくさんの月壇中学校の選手が良い成績を取得した。

    人材育成競争が日増しに激しくなった現在、月壇中学校は未来に向かって、大きく邁進している 。